作者未詳 巻13-3295、3296
   
  うち日さつ 三宅の原ゆ 直土(ひたつち)に
  足踏み貫(ぬ)き 夏草を 腰になづみ 如何なるや
  人の子ゆゑぞ 通はすも吾子(あこ)
  諾(うべ)な諾な 母は知らじ
  諾(うべ)な諾な 父は知らじ 蜷(みな)の腸(わた)
  か黒き髪に 真木綿(まゆふ)以(も)ち
  あざさ結(ゆ)ひ垂(た)れ 大和の
  黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)を 抑(おさ)へ挿(さ)す
  うらぐはし子 それぞわが妻

 反歌
  父母(ちちはは)に 知らせぬ子ゆゑ 三宅道(みやけぢ)の
  夏野の草を なづみ来るかも
口訳   三宅の原を、素足で地面を踏みつけて、
  夏草を腰にからみつけて難儀をしながら
  いったいどんな娘のために通っておいでなのかね、わが子よ。
  なるほどいかにも母さんはご存知ないだろう、
  なるほどいかにも父さんはご存じないだろう、
  蜷(みな)の腸のような黒々とした髪に、
  木綿のひもであざさを結わえて垂らし、
  大和の黄楊(つげ)の櫛(くし)を抑えに挿しているかわいい娘、
  それが私の相手です。
 反歌
  父にも母にも打ち明けられないあの娘ゆえに、
  三宅の夏の野原の草をかき分けながら、通いとおしたものだよ。
原文    
  打久津 三宅乃原従 常土 足迹貫 夏草乎 腰尓魚積 如何有哉 人子故曽 通簀文吾子
  諾々名 母者不知 諾々名 父者不知 蜷腸 香黒髪丹 真木綿持 阿邪左結垂 日本之 黄楊乃小櫛乎 抑刺 卜細子 彼曽吾嬬
  反歌
  父母尓 不令知子故 三宅道乃 夏野草乎 菜積来鴨
  
場所  磯城郡三宅町伴堂・融観寺隣 (揮毫者・犬養孝)
写真  

  
2012.7.13
長歌の前半は父母が問いかけ、後半は息子が答えるという問答形式になっています。
父母にも打ち明けられないのは、女の親に許してもらえない関係だったからでしょうか。
「うち日さす」は宮の枕詞。
「蜷(みな)の腸(はらわた)」は「か黒き」の枕詞。「蜷」は巻貝で、腸が黒い。
「あざさ」は沼地に生えるリンドウ科の水草。ちょうど咲いていました。
「うらぐはし」の「うら」は心、「くはし」は美しい意。



トップページへ